夏のノバホールの『広島 すずめ』にケーブルテレビさんが取材に入ってくださいました。
そして、今、ズームイン茨城という番組の30分枠で一日2回、紹介されています!!
hirokoちゃんから連絡がありました。
今年は茨城では2回の歌語りの機会をいただき、頑張らせていただきました。
どうしたら、次につながるか、山本晴美を有名にするのではなく、歌語りを広げるためにはどんな方法があるか、私と同じ気持ちで探ってくれました。
サポートいただいた皆さんのことを思い出します。
心強い人ばっかり。

予科練平和記念館を無事に終わらせ、翌日のノバ予祝の持ち寄りランチ会は、思い出すと今でもあたたかくてジワジワきます。

翌週のノバホール

つくばノバチーム
私が頑張るのは当たり前。
そうして、歌語りの旅で出会った各地の素敵な皆さんが、私の人生に深みや歌語りが前進する力をくださる。
戦後80年の今年、スタートから恵まれています。
沖縄取材に徹した年から、活動資金も底をつくか...の事情で、いよいよ保険も解約し、覚悟を決めてピンチを切り抜けようとした時、きっかけをくれたのは一昨年のノバでの歌語りの運営でした。
そして、今年は各所でたくさんの協賛や出演料を工面していただき、心に余裕ができました。
メディアの皆さんにも取り上げていただき、活動をご紹介くださったおかげで放映後に決まった歌語りもあります。
だからと言って、調子肥いていません。
これまで通りの地道を歩きながら、これからのステージアップを丁寧に実現してゆきます。
先日の沖縄取材に出かける前に、一通の書留が届きました。
主は、今年、誠意にあふれた運営に頭が上がらなかったステージの主催者からでした。
当日に、活動への協賛をしてくださった上に、開催の団体宛のお祝いまで持たせてくださり、その時は遠慮というより、歌語りに託してくださる本気の眼差しに恐縮し、頭を下げるほかありませんでした。
そして今回の書留は、その主催の代表と実行委員2名からで、活動の応援以上に、恐縮する私への気遣いにあふれた手紙が添えられていました。
その時に、歌語りを始めたばかりの事を思い出しました。
ピンチのたびに、思い出すけれどね...。
年配の戦争遺族の方達が企画してくださったホールコンサートです。
コンサートが終わり、主催者とスタッフさんは予定していたお弁当代や運営費を削った分を、この後の活動にと、別袋にその気持ちを託してくださいました。
事務用の封筒は、少しシワのあるお札と細かなお金で膨らんでいました。
必ず活動を続けますと心に誓いました。
思い出すだけで涙が出ちゃいます。
その時から運営費の重みへの意識はますます強くなり、今でも歌語りを支えてくれています。
どんな解釈をされようとも、歌語りから生まれたお金は歌語りに宿っていくようにまわしてきました。
これからも。
戦後100年に続く、新年度の計画と予算案がぼちぼちスタートします。
大きな企画が生まれそうで、今、実現するための試算をしています。
こんな時だからこそ、気を引き締めて。
応援くださる皆さんのご理解とご支援に心から感謝しています。
秋の風を感じながら。