昨夜、21時過ぎには帰宅できました。
帰りも直通があればいいのだけれど、名古屋で乗り換えのパターンです。
新幹線往復、8時間移動はさすがに疲れます。
今日は父のディの見送りがあるのでそれなりに早起きです。

おじさんの誕生日は6月12日。
91歳手前だったのだけれど、天の国のお母さんはたしか42歳で原爆に連れて行かれたのだけれど、誰か教えて...
おじさんより若いお母さん、あっちでお互いにわかるかなぁ......
そういえばおじさんには戒名がない。
福祉葬はスタンダードなご葬儀のメインの場面をショートカットで執り行ったけれど、お別れの仕方は変わらない。
職員の方も丁寧に扱ってくださるよ。
気持ちにはなんの不足も感じない。
骨壷に入りきれないお骨は、広島市でちゃんと供養して、合葬墓に入るそうです、気になっていたでしょう?
おじさんの骨壷は広島市で決まっている合葬墓に入ります。
後に連絡をいただける事になっています。
「わしはこれでいいんじゃ...」とおじさんの声が聞こえます。
新幹線疲れもあり、常に懐古と妄想タイムのイチ日。
現実には、今後のプログラムの確認があったり、20日の練習も再開したけれど......ねむいなぁ。
歌語りでおじさんを知り、ブログでご逝去を知り、おじさんの冥福を祈ってくださる連絡をたくさんいただきました。
嬉しいです。
原爆とその人生、原爆孤児として生きた人生
しばらく見つめようと思います。
今夜は父のところのお泊まり当番です。